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【インタビュー】素直に透明に。どんな自分も受け入れられるように。/ナツメミヤビ 上濃 雅子さん(後編)

石川県金沢市にて、着付け講師として独立開業した上濃 雅子さん。

マンツーマン・少人数での着付け教室の主宰を始め、エスニックテイストの創作帯やきもの小物の制作販売、フォーマルな着付けからきものコーディネートまで、多彩なフィールドで活躍されています。

最近では、きものカラーコーディネーター・きものパーソナルカラーアナリストとして地元のものづくり企業とコラボし、新しい着物の楽しみ方も提案・発信されています。

前編では、着物との出会いから現在の活動についてお話を伺いました。後編では、子どもとの出会いやこれから挑戦したいことについて伺います。

 

前編はこちら

 

なつめからの大切なプレゼント

—–上濃さんの日々を大きく変化させた着物との出会いについてお話を伺いましたが、着物を仕事にしようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

 

上濃さん:習い事をしていたときは、着物を仕事にしようとは考えていませんでした。ずっと仕事中心で生きてきたので、結婚したのが42歳で。2年ほど経って子どもを授かったのですが、8ヶ月のとき先天性の病気が見つかりました。生まれる前に流産するケースも多いのですが、頑張って生まれてきてくれて。約1年間生きていてくれました。名前は「なつめ」と言います。

本当は会社も復帰する予定で育休を頂いていましたが、どうしても気持ちが整理できず。会社も配慮してくださり、私の復帰を待っていてくださったのですが、結局そのまま退職をさせて頂きました。長く待っていただいた上にわがままを聞いてくださって申し訳なく、感謝しています。

 

 

上濃さん:それから1年間くらいは、とにかく子どもの病気や命について伝える活動を行っていました。悲しみの中にある方をサポートするグリーフケアの活動に参加したり、看護大学の授業で登壇させて頂く機会もありました。

活動をする一方で、もしなつめがこのまま元気に家で暮らしていくことができれば、帯や着物の小物を作ってインターネットで販売する仕事ならできるかなと思っていました。なつめを家で見ながらでも、社会と繋がることができますし、もともとものづくりも好きだったので。

亡くなって落ち着いたころ、帯を少し手作りして売り出してみたら、思いがけずすぐ売れて。私の帯を気に入って欲しいと思ってくれる人がいるのだと思いました。それで、なつめはいなくなってしまったけれど始めてみようと。帯を作って販売するところから、着物の道を歩み始めたという感じです。

 

 

—–そうだったのですね。もしかすると、お子さんがまた上濃さんを着物の道に導いてくれたのかもしれませんね。帯を作る技術は、もともとお持ちだったのですか?

 

上濃さん:昔少しだけ和裁の教室にも通っていたことがあったので、なんとなくこうやったら作れるというのは分かっていて。自分なりに簡単な方法を見つけてミシンで制作しています。

自分がやれる範囲でゆっくりと制作販売をしていたところ、知り合いの骨董屋さんが声をかけてくださって。
簡単な帯結びの講座を開いてほしいと。その経験をきっかけに、「こんなふうに講座をしてみるのもいいかな」って思えるようになりました。

 

—–上濃さんの帯はデザインがとても魅力的で、いろんなコーディネートを楽しんでみたくなりますね。

 

 

上濃さん:それから、お義母さんの紹介で着付けを教えてほしいという方に教室を開くことになり、最初のテキストを作ったのをきっかけにSNSで発信してみたら、一人また一人と生徒さんが増えていって……現在のスタイルに辿り着いたという感じです。

 

—–少しずつフィールドを広げながら、着付け教室、帯の制作販売、着付け、3つの軸を確立させていったのですね。

 

上濃さん:ずっと子どものことが100%だったので、子どもを忘れたくないとの思いから同じ病気を持つ子どもたちをサポートする活動も続けていましたし、ママ友の中には病児の保育園を作ったり、福祉の分野に進んだ方も多く、私もそんなふうになりたい気持ちもありました。

でも、同じような経験をしたお母さんの想いを聞くたびに、気持ちを全部受け止めてボロボロに寝込んでしまうタイプで。医療や福祉の世界で役立つことが私はできない、だったら自分の得意な分野でやっていこうという想いに変化していきました。

ただ、どうしても着物って華やかなイメージがありますよね。だから悲しみの中から着物の世界に入るということに、始めは少し抵抗もありました。そんなとき、開いた着物の講座でお子さんを亡くされたお母さんと偶然出会うことがあって。
着物の世界にいても子どもたちが繋いでくれる縁や存在を感じられる瞬間は、なんだか子どもからプレゼントをもらったように感じるんです。好きなことを生かしてそこで頑張っていれば、それでいいんだよって背中を押してもらえるような。

 

—–福祉の世界で貢献していきたい気持ちがある中で、華やかなイメージのある着物の仕事をすることに葛藤があったのですね。でも、お子さんがきっと「大丈夫だよ」と背中を押してくれているのだと思うので、とても心が温かい気持ちになります。

 

上濃さん:自分の気持ちに素直になって、一つ一つ向き合ってちゃんとやっていると、嬉しいプレゼントがもらえる。そのために、素直に正直に1日1日を丁寧に過ごしていきたいと思っています。

 

「一つできればいい」そんな自分も許せる自分で

—–今年は世界中でコロナウイルス感染の影響もあり、さまざまなことが変化しましたが、上濃さんも気持ちの面でも何か変化したことはありますか?

 

上濃さん:私は子どもが亡くなったときに世界がストップしました。だから、今回コロナにより世界中がストップしましたが、割と冷静に気持ちを保つことができたのかもしれません。

子どもが亡くなったあと、しばらくは身体も気持ちも全く動くことができず、「今日は1個これができた」というのが精一杯でした。でも、主人が「1個できたなら良かったな」と毎日言い続けてくれて。時には朝から1歩も動けず寝ていてもいいか、と少しずつそんな自分を許せるようになれました。
だから、コロナ禍においても「世間が動いていないからしょうがない!できることを1個ずつやっていこう」と思うことができました。

 

—–上濃さんは特に独身時代、仕事をバリバリされていたこともあり、「動かなきゃ、やらなきゃ」という責任感や想いも強かったかもしれません。ご家族の支えもあり、少しずつできないことも許せる自分になれたのですね。

 

 

上濃さん:そうですね。ただ、当然焦りもありました。コロナが収まったあと、みんな習い事をしに来てくれるのだろうか、着物を着てお出かけしたい気持ちになるのだろうかと。この仕事を続けていいのかを真剣に悩みました。

でも、家族や友人に相談をしているうちに「1個できたらいい」という言葉を思い出すことができて。昔の私なら、「やるなら精一杯やらなきゃ」とか「やらないのは怠けているからだ」とか、ずっと自分を追い込んでいたのですが、そういう部分ではとても大きく変わることができたと思います。生きているだけでいいんだよって、大事なことを子どもが教えてくれたんだなと思います。

 

—–気持ちが楽になったり、余裕ができたり、そんな変化もお子さんからの大切な贈り物なのかもしれませんね。

 

技術と人をつなぐ架け橋になりたい

—–これから、こんな風になりたいとか挑戦してみたいことはありますか?

 

上濃さん:今ちょうど取り組もうとしていることがあります。色柄が若すぎたり、好きだけれどサイズが小さくて着られないお下がりや形見の浴衣や着物を、もう別のもう1枚、例えば男物のシンプルな柄と合わせて、デザインしてちょっとかっこよく仕立て直すという取組みです。地元金沢の和裁士さんと協力してスタートしつつあります。
着物を着物の形のまま、和裁士さんの素晴らしい技術を絶やさずに、つなげたい。私はその窓口となってコーディネートやデザイン提案をしたいと思っています。

私というフィルターを通して、ものづくりをする職人さんにお仕事を提供したり、共感してくださるお客様と繋げたり……私もそれがとても楽しいですし、趣味ではなく仕事として、もっと取り組んでいけたらいいなと思っています。

 

—–職人さんとお客様を繋げる架け橋のような役割を担っているのですね!素晴らしい技術と上濃さんのコーディネートやデザインで、世の中にもっと新しいものが生み出されていくのが楽しみです。

 

上濃さん:金沢はものづくりが盛んで、高い技術を持つ職人さんも多い街なので。いいものを人に伝えていくというか、コーディネートや伝え方でその魅力を最大限にすることができると思うので、発信する側としてお手伝いすることができればと思います。職人さんや企業さんと、一緒に工夫しながら発信していけたらいいな。

 

どんなときも、凛とした素直な心で

—–最後に好きな言葉や人生のモットーを教えて下さい。

 

上濃さん:日本のマザーテレサとも言われた佐藤 初女さんの言葉で「限りなく透明に凛として生きる」です。書籍のタイトルにもなっている有名な言葉なのですが、この言葉がとても好きですね。

透明という言葉にもいろいろな意味があるのだなと。自分を脚色して装ったり過剰に見せるのではなく、もちろん見せ方も大事だけれど、本当の自分と差があるとダメだなって思うので。周りを覆っているものが透明であることが大切なんだと感じます。
今やっている様々な活動でも、透明にそのままの自分が相手に伝わるといいなと思います。「生きる」ということについて深く考えていた時期も長かったので、そのときに出会った言葉はずっと心に残っていますね。

 

—–素敵な言葉ですね。自分に正直に、ありのままで丁寧に生きることの大切さを感じさせられます。「凛」という言葉も、上濃さんによく合っていますね。

 

上濃さん:悩んだときに、よく周りのみんなが「雅子さんは、凛としていればいいよ」と言ってくださって。だからより、その言葉が心に残っているのかもしれません。

 

 

上濃さん:以前、こんな言葉をかけてくださった方がいました。悲しい記憶は決して忘れたりするのではなく、それはギューッと小さな種となって心の中に永遠に有り続けるんだよ。だから、悲しみをいつも心いっぱいにしておく必要はないし、小さな種の周りに空いた心の空間に嬉しいことや楽しいことが入ってくるから大丈夫だと。

その言葉にとても心が楽になりました。時間って常に前に進んでいるように思いますが、実は一瞬で過去に戻ることもできるんです。それは悪いことではなく、そのまま受け入れることが大事なのだと思います。だから、悲しみを思い出して動けなくなる日があってもいいんです。何年経っても。それでもいいと思える自分でありたいと思います。

みんなそれぞれ大変な時期ってありますよね。それを受け入れなければならないから、そこからどう切り替えられるかが大切なのだろうなって。人から言われてできるものではないと思いますし、私もどうしたら良いという明確な答えは出せないのですが……。

 

—–上濃さんは、着付け教室やカラーコーディネートなど着物を通して、多くの人の心を軽くして、リラックスしたり笑顔になれる場を作り出してくれているのだと思います。上濃さんご自身も昔、着付け教室でストレス発散やリラックスできていたように。今度はどこかで誰かがそう感じてくれていると思います。

 

上濃さん:そうだったらいいなと思います。以前も、初めて着付け教室に来てくださった生徒さんで、障害のあるお子さんがいらっしゃる方がおられました。ずっと大変で自分の時間が無かったけれど、ようやく少しずつ自分の時間が取れるようになり、自分のために何かしたいと思って見つけたのが、私の教室だったと話してくださりました。

私の事情はご存知なく来られたのですが、きっと何かに呼ばれて、見つけてくださったのだと思いますし、私も自分の得意なことを生かして、お役に立っていけたらいいなと思います。

 

—–お子さんがきっと繋げてくれているのですね。また、上濃さんが大切にしている等身大のありのままの姿が伝わって、共感する人達が集まってくるのだろうなと思います。さまざまな人の想いを受け止め、自分にも正直に、限りなく透明な心で一歩ずつ歩む上濃さんの姿に、とても感銘を受けました。

これからも、ありのままの自分を大切に、着物の新たな可能性を広げていってほしいなと思います。
本日はありがとうございました。

 

ナツメミヤビ

《公式サイト》ナツメミヤビの大人の帯遊び