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【インタビュー】富山が誇るガラス文化を、もっと世界へ /富山市ガラス美術館 副館長 土田ルリ子さん(前編)

世界に誇る「ガラスのまち」を目指したまちづくりを推進している富山市。その一環として平成27年(2015年)に開館した施設「富山市ガラス美術館」の副館長として、さまざまな企画展の実施や学芸員の育成マネジメントなどを担う土田 ルリ子さんを取材しました。

東京都出身、Iターン転職者でもある土田さん。富山への転職を決めたきっかけやこれから実現させたい夢、また富山で見つけた趣味や休日の楽しみ方など、仕事とプライベートの両面からお話を伺いました。

ガラスに関わり続けた28年間

—–今回は、富山市を代表する人気観光スポット「富山市ガラス美術館」副館長の土田 ルリ子さんにお話を伺います。「富山市ガラス美術館」と言えば、世界的に有名な建築家・隈研吾氏がデザイン設計を手掛けた複合施設「TOYAMAキラリ」内にあり、日本でも有数のガラス専門美術館として有名ですよね。私も何度か企画展に訪れていますが、繊細で美しいガラスアート作品の数々に、毎回心奪われております。土田さんは2020年春に「富山市ガラス美術館」の副館長を就任されたそうですが、以前まではどのようなお仕事をされていたのですか。

 

土田 ルリ子さん(以下、土田さん):私はもともと東京都出身で、大学院卒業後に入社した「サントリー美術館」(東京都港区赤坂)で約28年間働いていました。学芸員を目指して入社をしたのですが、私が入社した当時は男女雇用均等法が施行されて7年経ってはいましたが、まだまだ学芸員の採用は男性が一般的で、女性の学芸員はほとんどいなかったんです。

 

—–そうなのですか!?学芸員って、女性が多いイメージだったので意外です。

 

土田さん:そうですね、近年では学芸員の世界にもどんどん女性が進出をしてきて、今では女性の応募者が約8割を占めるほどに。「富山市ガラス美術館」にも現在10名の学芸員が在籍していますが、男性学芸員は一人だけ。圧倒的に女性が多くなりましたが、かつてはお茶汲みして、コピーをとって、伝票を作って……男性学芸員の仕事をお手伝いさせてもらうという感じ。学芸員を名乗れたのは、入社から9年ほど経ってからでしたね。

 

—–なるほど。当時はまだまだ男女の差があったのですね。土田さんが学芸員として経験を積まれた「サントリー美術館」は、どのような作品を扱う美術館なのでしょうか?

 

土田さん:「サントリー美術館」は、絵画や陶磁、漆工などの日本美術を中心とした企画展を開催している古美術専門の美術館です。ただ古美術専門としては珍しく、ガラスの所蔵作品も多くて、約3,000件ほど所蔵するコレクションのうち約1/3がガラス作品なんです。

 

—–古美術専門の美術館で、1,000点ものガラス作品が展示されているなんて驚きです!ずっとガラスとの関わりがある土田さんですが、ガラスに興味を持ち始めたのはいつ頃だったのでしょうか。

 

土田さん:私の名前が「ルリ子」というのですが、るり(瑠璃)にはガラスという意味があるんです。元々「ラピス・ラズリ」を指します。瑠璃は青いガラスを意味する場合もあって、玻璃(はり)は無色透明のガラスの意味もあります。そんな名前との関わりもあり、幼い頃からなんとなくガラスは気になる存在でした。

 

 

土田さん:前職では、ガラスの勉強をしながら、ガラス作品の展覧会にも多く携わってきました。経験を積むにつれ、毎年展覧会の企画も任せてもらえるようになりました。特に印象深かったのは、2007年に行った美術館の移転ですね。一から美術館を立ち上げるというエキサイティングな経験もさせてもらいました。

 

—–美術館の立ち上げって、なかなか経験できるものではないですよね。仕事も充実していた中で、富山市への転職を決めたきっかけは何だったのでしょうか?

 

土田さん:これまでいろんな企画展や面白いことに携わらせてもらう中で、「よくやったな」という達成感のような気持ちもありました。同時に、このままでいいのかなという疑問も芽生え始めていて。ちょうどそのタイミングでしたね、「富山市ガラス美術館」の副館長のお話をいただいたのは。「富山市ガラス美術館」なら、自分がこれまで築いてきたガラス作家さんとのネットワークだったり、企画展のノウハウだったり、自分の持っているものすべて富山に持ってきて最大限に生かすことができるのではないかと思いました。

 

富山での出会いが、仕事の転機に。

—–ちょうど今後について考えていたタイミングでの出会いだったのですね。ちなみに、移住をされて富山の印象はいかがですか?

 

土田さん:正直これまで一度も東京から出たことがなかったので、大丈夫かなという不安もありました。ただ、前職でガラスに関わっていたこともあり、「富山市ガラス美術館」や「富山ガラス造形研究所」「富山ガラス工房」がある富山市にはよく訪れていたので、少なからず馴染みはありました。富山にはガラス作家さんも多く、作品を借りに訪れる機会も多かったので。

 

—–なるほど!仕事で富山市にもよく来られていたんですね。

 

土田さん:実は、移住をする前の2017年にも、知り合いを通じて都会から富山市八尾町に移住されたご夫婦とお話する機会があって。旦那さんはガラス工房で働いている方で。一度、そのご夫婦のお宅に「おわら風の盆を見に来ないか?」と誘っていただいたことがありました。私は人見知りなタイプなので、これまで知らない人のお宅に泊まったことは全然なかったのですが、なんとなく「行ってみようかな」と心が動かされて……結局、そのご夫婦のお宅に2晩も泊めていただきました(笑)

 

—–え~すごい!すっかり打ち解けていますね(笑)全国的にも有名なお祭り「おわら風の盆」の舞台・富山市八尾町は、江戸時代の雰囲気を残した古い町並みがとても印象的ですよね。私も大好きな場所です。

 

土田さん:私も見た瞬間「なんて素敵なまちなんだろう」って。特に石畳が敷かれた諏訪町本通りは、風情もあってとてもきれいだなと感動しました。ちょうどそのお祭りをきっかけに、八尾町の方々ともお話をする機会があって。私が始めての富士登山で感動した話をしたんです。すると八尾町の方が「富士山も良い山ですが、富山には立山という素晴らしい山があります。ぜひ登ってみてください!」と立山登山を勧めてくださって。「では、一緒に登りましょう」と、話が盛り上がり……そのわずか1ヶ月後には、見事登頂を果たしました(笑)

 

—–始めて話をした1ヶ月後に!?行動が早いですね(笑)

 

 

土田さん:立山登山では、諏訪町にお住まいで山登り経験が豊富な方にも同行していただきました。それ以来、八尾町の方々とのお付き合いが始まって。もう4年目になりますね。今でも定期的に遊びに行ったり、山登りをしたり……先日も八尾町の仲間たちと白木峰(しらきみね)登山に行ってきました。なので、実は今筋肉痛で(笑)

 

—–とても素敵な仲間がいらっしゃるのですね!慣れない富山での暮らしも、いつでも頼れる仲間が近くにいると心強いですね。

 

土田さん:そうですね。八尾町の方々は、富山へ移住する前からのお付き合いなので。富山の方って、始めからグイグイこないですが、知り合っていくうちにいい距離感を保ちながらとても親身になってくださるんですよね。そういう温かいところがいいなと思っていて。

 

—–繋がりって大きいですね!八尾の方と知り合ったのが、偶然でもなく必然的だったように思います。

 

土田さん:副館長の話を頂いたときは、もちろん迷いもありましたが、富山の人の温かさ、美味しい食べ物、いつでも山登りに行ける環境、そして何より大好きなガラス専門の美術館で働けることが、転職と移住を決めたきっかけになったと思っています。現在「富山市ガラス美術館」での業務はマネジメントがメインですが、すべての業務が大好きなガラスに繋がっているんです。なので、今本当にここに来て良かったなと実感しています。

 

企画展が出来上がるまでのヒストリー

—–美術館で働くやりがいや一番の楽しみって何でしょうか?

 

土田さん:一番の楽しみは、やっぱり作品に触れられることですね。「こういう肌触りなんだ」とか「こんなに装飾がついているのに軽い」など、自分たちが直接作品に触って、感覚的に掴んでいくことも大切だと思っています。素晴らしい作品が自分の手の中にある喜びを感じられるのは、学芸員の大きな特権でもあり、やりがいでもありますね。

 

—–確かに!作品を触って重さや質感を確かめることができるのは、学芸員ならではですもんね。羨ましいです(笑)

 

土田さん:あとは、自分で企画をした展覧会を開催するときですね。企画展に展示する作品の数々は、コレクターさんや他の美術館に直接出向き、企画書を持参して「こんな企画展に展示したいので、この作品を貸してください」と交渉しに行くことが多いんです。

 

—–企画展に飾られている作品は、学芸員の方が直接交渉をして集めてきた作品なんですね。初めて知りました!学芸員の仕事って、営業のような一面もあるんですね。

 

土田さん:そうですね。大切な作品をお借りする際は、直接顔を合わせて、頭を下げてお願いすることが基本です。特に個人コレクターの方にすれば、作品は我が子同然だと思うので。現在はコロナの影響もありなかなか難しいですが、国内はもちろん、海外であっても直接会いに行くようにしていました。実際に会うと、人と人との繋がりもできるので、信頼感も生まれるんです。それってとても大事なことだと思っていて。

 

 

—–そうですね。実際に会うことで、企画展に対する想いや熱意も伝わりますし、その次の企画展にも繋がりができそうです。

 

土田さん:企画展への想いに共感してくださったコレクターさんが、まだ誰にも見せていない新作を部屋の奥から出してきてくださる……なんてこともよくあるんです。そんな時は、もう嬉しくて言葉にできないほど。アドレナリンが出るというか、鳥肌が立つような感覚!!

 

—–うわ~、それは嬉しすぎますね!心臓バクバクになりそう(笑)そういうシーンを想像して企画展の作品を見ると、また違った楽しみ方ができそうですね。一つの企画展が出来上がるまでの過程に、さまざまなストーリーがあるのだろうな。

 

土田さん:そうなんです。それぞれ小さなストーリーがたくさんあって。企画展って、一般的に2年前くらいから企画をして準備を始めるんです。最後1ヶ月前になると、自分の中で思い描いていたものが、どんどんカタチになっていくんですよね。今までゆっくり進んでいたものが急にバタバタと、まるでジグソーパズルのように。そしてお客様が来場されて、笑顔で鑑賞してくださる姿を見たとき、ようやくすべてのピースが揃うんです。

 

—–2年も前からそれぞれの企画展は始まっているのですね!思い描くものが出来上がって、お客様が来場されたとき、きっと言葉にできないほどこみ上げてくるものがあるのだろうなと。胸がいっぱいになりますね。

 

土田さん:前の企画展が終わると、入り口に吊り下げている大きな垂れ幕もはがされて、次の企画展のものに変わるんです。企画展の担当者は、その現場に立ち会うことが多いのですが、垂れ幕が変わった瞬間「いよいよだな」と気持ちも切り替わりますね。毎回、武者震いします(笑)

 

—–とてもカッコいい仕事ですね!自分の企画展を持つことで得られる喜びや気持ちの高まりも、素晴らしい経験になりますね。

 

土田さん:そうですね。「富山市ガラス美術館」には、まだ自分の企画展を経験したことがない若い学芸員もいるので、これからたくさん経験してほしいですし、不安なことがあれば何でもサポートしていけたらいいなと思っています。もちろん自分の企画展もやりながら、一緒にいろんな挑戦をしていきたいですね。

 

後編に続く・・・

>>【特集】富山が誇るガラス文化を、もっと世界へ /富山市ガラス美術館 副館長 土田ルリ子さん(後編)