「なかなか意見がまとまらない」
「内容がうまく伝わらない」
みなさんは、会議やミーティングでそんな経験はありませんか?
人が集まる話し合いの場を、もっと活性化させて、もっとお互いの理解が深まる場にすることができたら…きっと、もっと話し合いが楽しくなるはず。
そんな想いをカタチにし、話し合いの場で対話を生み出し、活性化させる役割を担っている「トーク・グラフィッカー」の山口翔太さんを取材してきました。
山口さんは、「グラフィック・ファシリテーション」という技法を用いて、さまざまな会議やトークセッションなどの場で話される内容を、即興で絵や文字を使ったグラフィックとして描き、話し合いを「見える化」。場の活性化や議論の共感、相互理解をうながす活動をされています。
トーク・グラフィッカーとしての道を
———-初めて山口さんとお会いした時、「トーク・グラフィッカー」と聞いて全くイメージが湧かなかったんです。けれど、実際に山口さんがグラフィックをつくっているところ見て、率直に感動しちゃいました。
山口さんは、そもそもグラフィック・ファシリテーションという技法に出会ったきっかけは何だったんですか?
山口翔太さん(以下、山口):もともと、富山の工業系の高専に通っていて、そのあと新潟の大学に2年間行って、Uターンで富山に帰ってきたんです。そのあとも、機械メーカーの会社で開発の仕事に就いて、ずっと理系の道にいました。
ただ、自分的にしっくりこない部分もあって、将来どうしようかずっと悩んでいたんです。「自分が本当にこの道でいいのか?」と。
どうしようか悩んでいたそのとき、「半年間休職してみたら」と会社が提案してくださって。それで、会社を辞めずに半年間休職したんです。
—————今のお仕事とは全く違う、理系の進路をずっと歩まれてきたんですね。休職中はどのように過ごされたんですか?
山口:休職中は、次に何をやるか探すつもりで、色んなセミナーに通ったりイベントに参加したり、それこそ英会話とか通ってみたり(笑)でも全然何をしようか決められなくて。
結局、半年間休職したあとそのまま退職して、その10日後にグラフィック・ファシリテーションと出会ったんです。
たまたまグラフィックを使ったイベントがあって、そのイベントのゲストで知り合いの方が呼ばれていたので、その繋がりで僕も見に行ったんです。それが、去年の10月頃ですね。
—————そうなんですね。辞めてすぐグラフィックと出会うなんて、運命ですね!
山口:ほんと、出会えて有難かったなと感じてます。グラフィックを初めて見たときは、漠然と「すごく面白いな」って。
一個人で何かを生み出すって、限られてると思うんです。
でも、大勢で何かを生み出すって可能性があるし、たくさんの人達が集まって意見を出し合う空間も好きだったので、考えを生み出せる、声が生まれるグラフィックの技術っていいなと。
ちゃんと技術として習得すれば、座談会やトークイベントとか、会社の会議とか、行政の場でも取り入れることができる。場面を問わずできる仕事っていいなと思ったんです。
それに、グラフィックってジャンル関係ないんですよ。
教育だったり、福祉だったり、県の移住の話し合いだったり…いろんなジャンルがあるから面白いなって。悩んでいた時期、業種を選べなかったからこそ、選ばなくてもいいところも良いなって(笑)
—————グラフィックの可能性って、すごく大きいですよね。
会議や話し合いの場で、これからどんどん注目されていく技術だと思います。そのイベントでの出会いが「トーク・グラフィッカー山口翔太」としての道を歩むきっかけになったんですね。
山口:グラフィックのスキルを習得するため東京に上京したのが去年の冬。
それから、今もお世話になっている砺波市の「みやの森カフェ」で開催されたイベントで、初めて人前でグラフィックを描かせてもらったのが今年の1月はじめ。
イベントで描いたものが、みやの森カフェの方にも「面白いね」って言ってもらえて。その後もいろんなイベントの企画を紹介して頂いたんです。
グラフィック・ファシリテーションは富山では全然知られていないからこそ、自由にいろいろ試してみてもいいんじゃないか、今冒険してもいいんじゃないか、と思ってフリーになることを決意したんです。それで、起業をしたのが、今年の6月ですね。
—————初めて人前で描いてから起業まで、すごいスピード感ですね。お仕事は、どんな風に依頼されることが多いんでしょうか?
山口:イベントなどでの出会いから、お仕事に繋がることが多いですね。
もともとグラフィックがないところに、わざわざ「グラフィックを取り入れてみたい」と興味を持ってくださる方が多く、本当にありがたいことだなと感じてます。
人から人への繋がりでこれまで色んなお仕事に繋がったので、本当に人のおかげだなって。
話の雰囲気や感情も可視化して
—————グラフィックって、やはりデザインを勉強されていたりとかセンスも必要なんだろうなって感じていたんですが、もともと絵は得意だったんでしょうか?
山口:「以前からデザインされていたんですか?」とかよく聞かれるんですよ(笑)でも、全然そうじゃなくて。絵を描くことは小さい頃から好きだったですけど、決してそれで何かするというわけじゃなく。落書きしていた程度で(笑)
—————そうなんですね、意外です(笑)私は絵のセンスも全くないので、とても羨ましい…。グラフィックを描き始めた1月頃と今では、グラフィックの描き方に違いはありますか?
山口:全然違いますね(笑)線のタッチとか、全く違っていると思います。
グラフィックって、その場ですぐ絵にできなきゃいけない。それがスタートラインなんです。だから、家でコソコソ練習するんじゃなくて、人に見てもらって、実際に話している内容を大きな模造紙に描いていかなければ上達しないなと思ったんです。
今、みやの森カフェさんに場所を提供して頂き、自分のトークイベントも定期的に開催しているんですが、このイベントは修行の場でもあるんです。
—————山口さんのグラフィックは、とてもポップで女性のファンも多いですよね。グラフィックを取り入れた話し合いに参加される方々は、どんな反応をされていますか?
山口:確かに、圧倒的に女性ウケの方がいいんです。絵が可愛いっていうか、ポップな感じで描くように僕も心掛けています。会議によっては、内容の重いものもあるので、ポップなタッチのグラフィックを通すと、受け取り方を少し軽くできたりもするので。
—————グラフィックを描く際には、何か気を付けていることはあるんでしょうか?
山口:シンポジウムなどオープンな場でのグラフィックでは、話し合いの内容がその場で可視化されてしまうので、話し手のプライバシーの配慮には十分気を付けるようにしていますね。
いい意味でも悪い意味でも、グラフィックにすることで話し合いに発信性が増しちゃうので。
グラフィックを撮った写真がSNSで発信されたとしても、どんな参加者がいるかなどの個人情報が分からないよう、イベントでは特に配慮しています。
グラフィックにするための話し合いではなく、参加者がグラフィックを写真に撮るなどして持ち帰って、「こんな話をしたっけ」と振り返って、誰かに伝えたり、考えたりすることが目的なので。
—————参加者みんなが安心して話し合いできることが一番ですよね。
話し合いの議事録とかって昔からありましたが、文字ばかりだと正直内容があまり頭に入ってこないですし、その話し合いでの空気とか雰囲気って忘れちゃうんですよね…。
グラフィックとして持ち帰ることができれば、記憶にも残りやすく思い出しやすいですね。
山口:僕のやっているグラフィックは、話の空気感を残していけるもので、その時の雰囲気や参加者の感情をグラフィックの中に取り入れていくんです。
イベントによっては、グラフィックの中に入れる色を参加者に入れてもらったりもするんです。
色って、人の気持ちがとても出るものなので。
色を使うことで、参加者の方がどんな感情をもっているのかを認識してもらうことができるんです。
ただ聞くだけのイベントにはしたくなくて。
自分の価値観や考え方ってどうなんだろう、と見つめ直す機会にしてもらえたら。
対話の活性化や価値化が根底にあるので、ただの言葉の空中戦ではなく、グラフィックを見て使って、対話を生み出していけるイベントにしていけたらと思っています。
—————話し合いの場って、一方通行になることも多いですよね。でもグラフィックがあることで、意見も出しやすく、自分の価値観についても考えるきっかけになるんですね。
たくさんの価値観に触れる面白さ
—————前職とは異なるトーク・グラフィッカーの道を歩まれて、自分自身変わったと感じる点はありますか?
山口:この仕事を始めて、出会いはとても増えましたね。
どの話し合いでも、話の真ん中に入っていくので、参加者全員と関わることができるんです。
対話を生み出せる点も面白いと感じているし、自分をすごく遠くまで連れて行ってくれる仕事だなと。距離ではなく、人との出会いという点で。
—————人との出会いが一番の変化だったんですね。色んな方との出会いは、刺激を受けますか?
山口:人との出会いや話し合いって、めちゃ面白いんです!よく「いろんなジャンルの話し合いがあるから大変でしょ」って言われるんですけどね。
この仕事、7割くらいが準備なんです。
例えばイベントなら、どんな参加者がいるのか、どんなグラフィックがいいのかなど、事前に綿密な打ち合わせをして決めていくんです。
少しでも参加者に近い感情でグラフィックを描かなければならないと思っているので、下準備が大切だと思っています。毎回そのジャンルについて勉強する必要がありますが、その分いろんなことを知れるので。
こんなにいろんな話を聞けて、価値観を知れる仕事ないよなって。人間的に面白くなれる仕事だなって。
—————グラフィックの仕事の大変さも、山口さんにとっては価値がある経験なんですね。
山口:不安な部分もありますが、人生をかけてやってみる仕事として価値があると実感しています。
対話を生むという点では、正解がないんですよね。
毎回イベントが終わる度に、「このやり方でよかったのかな」とか「参加者はどう感じたかな」とか考えることも多いです。
でも、考えることができる仕事という点でも、有難いことだなと。
グラフィックは人生経験がある方がいろんな汲み取り方ができると思うのです。
自分はまだまだ未熟者ですが、それでもイベントに呼んで頂いたりするので、未熟だからこその武器で分からないことがあれば素直に質問して、経験を積んでいきたいと思ってます。
富山から発信するグラフィック
—————富山を拠点に活動されているのには、理由があるんでしょうか?
山口:やっぱり、もともと富山の人間ですし、土地勘もありますし、一番やりやすいのは富山かなと。
ただ、富山ではグラフィックがまだ知られていないので、グラフィックで仕事をしたいと思ったときにどうしても選択肢が少ないんです。
というのも、僕の知っている限り、富山を拠点にグラフィックの仕事をしている人って、僕を入れて数名しかいないんです。数名しかいない市場って、何をするにも難しい。だから、自分が広げていかなければならない大変さもあるんです。
それでも、東京や大阪に行けばグラフィックを描ける人はたくさんいるので、行政の仕事を頂いたりするチャンスはかなり少ないだろうから。
紙とペン、身体さえあれば、どこでも仕事ができるのがグラフィック。
富山に拠点を置きつつ、県内でもしっかり仕事をして、県外で一緒に何かやりたいって人がいれば僕が出向くこともできる。
グラフィックの基盤を富山で作って、しっかり仕事にしていければと思ってます。
—————これからやりたいこと、目指すものはありますか?
山口:せっかく富山で活動しているので、グラフィックを富山で根付かせられたらと思います。
それこそ、高校生とか若い子達にも見てもらう機会を作っていきたいんです。
若い頃に大人の人生観を聞けたら、きっと参考になりますし世界も広がるかなって。将来の選択肢を広げるきっかけにもなればいいと、最近よく思うんです。
—————「こんな仕事もあるんだ」と、グラフィックを知るきっかけになるといいですよね。
山口:視覚で捉えられるグラフィックは、若い子達にもウケがいいんですよ。YouTube動画だったり、若い子は目で見て感覚的に理解することに慣れているんでしょうね。
あとは、富山でやっているからこそのグラフィック活用法を見つけたいなと。富山で活躍しているから首都圏に呼ぶ、とかいいな。
地方で面白いことをやっているから、首都圏に呼びたいと思われるような人に自分もなりたいって思います。トークセッションだったり、ワークショップだったり、今は全部挑戦していきたい。
富山でしっかりやっていけないと、他ではできないと思うので、いろいろ試しながら挑戦していきたいと思います。
—————これから富山でもグラフィックを取り入れた話し合いの場がさらに注目され、どんどん増えていくだろうと、山口さんの熱く話す姿を見て感じました。「対話の見える化」、近未来の会議はきっと、グラフィックが用いられていることが当たり前になることでしょう。
「学生時代、授業の内容をノートに取るの得意だったんですよ。今思えば、その頃やっていたことは案外つながっているのかもしれませんね(笑)」山口さんが最後に言ったこの一言。
自分のやりたいことを探し続けて、偶然出会ったグラフィックは、もしかしたら必然的だったのかもな、と。
私自身、とても刺激を受けるお話でした。ありがとうございました。